Mami

Jast_logo.jpg

堀江 真美 : Mami Horie

歌手/アレンジャー/ピアニスト/作曲家/作詞家


日本国内で大ヒットした秋川雅史<千の風になって>のピアノアレンジと演奏を担当した堀江眞美、彼女の即興による伴奏に、あとからオーケストラをつけたことにより、眞美の自由な、優しい表現が秋川氏の歌を絶妙にサポートしている作品となり大ヒットした。

石川さゆり、真耶みき、黛ジュン、はじめ数多くの歌手のボイストレーナーでもあり、日本の音楽界でなくてはならない存在である。奇跡のボイトレといわれている著書<歌う技術>を刊行、

ジャズシンガーとしても日本ジャズボーカル賞を受賞。その他、<故>三木たかしのパートナー、アレンジャーとしてラジオ番組のレギュラーを5年務めるなど活動は多岐に渡る。セサミストリートのミュージカル監督も5年間務め子供達のための英語のミュージカルを制作,監督し100曲以上のオリジナルを提供している。

眞美は高知県出身。幼い頃から母親より琴を学ぶ、その後独学でピアノ、歌、作曲、編曲を学び10代からプロのシンガー、ピアニストとして音楽活動を始める。14歳からキーボード、ボーカルとして自己のロックバンドで活躍し、各コンテストなどで賞を獲る。17歳で有名デキシーバンドのピアニストとなりデキシーとスイングを学ぶ。。

その後スカウトによって上京、山下達郎、ユーミンのオリジナルでVictorから歌手としてデビューするが、歌謡界に肌があわず、ジャズの修行のため、レコード会社との契約を解消。六本木ボディアンドソウルのハウスシンガーとなり活躍、テディウイルソン、北村英治、世良譲、高橋達也と東京ユニオンオーケストラ、ニューハードオーケストラ、森寿男とブルーコーツオーケストラなどのバンドシンガーを務めながら、モダンジャズ、ビバップ、を学ぶ。また同時にピアノ、作曲、編曲の腕を磨く。1995年日本ジャズボーカル賞を受賞し、同年六本木、タトゥー東京<ニューヨークに本店がありクリントン元大統領が就任式をした場所として有名>のプロデューサー兼ハウスバンドのリーダーとして契約、デニスブラッドフォード<全米人気投票ベスと10に入ったドラマー、ジェフローバーフュージョンのドラマー>とコンビを組、ソリッドグラウンドを結成、フュージョンバンドとして活躍する。タトゥー東京では10年間に渡りアメリカの一流アーティストをゲストに活躍する。また日本初のゴスペルウエディングの発案者でもあり、パーティやイベントの音楽エンターテインメントのプロデューサーとしても活躍してきた。

2007年著書<歌う技術>を刊行。眞美のセオリーは世界中のどこにもないセオリーであり、その技術とは、中国のカンフーと相通ずる、心のあり方、精神、についての大切さを厳しさではなくやさしさをもって解りやすく、教えている。このセオリーは歌を歌う人のためだけではなく、楽器を演奏するミュージシャンのバイブルともなっている、このセオリーは演奏家にもあてはまり、またスポーツ選手などの向上、怪我防止に役立っている。外科医、内科医、精神科医などとのセッションで眞美の論理が病気や怪我の治療促進にも役だつことが証明されてきた。眞美のセオリーは本人の力の可能性を自分でみつけ、それを活用するためのマニュアルなのだ。障害を持つ方々の治療にも応用され、音楽療法士のためのセミナーも開講中、

また国内にあるセサミストリートのテーマパーク、セサミプレイスの統括プロデューサーとして5年間に渡り、日本の子供達のために英語のミュージカルを制作してきた、

作家、編曲家、歌手、ピアニスト、キーボーディスト、講師、プロデューサーとしての才能を発揮し活躍している。

音楽の本来のすばらしさ、それを演奏し歌う人間のすばらしさ、そして技術とともに精神を磨くことの大切さ、人間が音を奏でる事の原点、愛と優しさ、言語の美しさを過去から未来へ繋いで行く伝導者として活動を続けている。





mami.jpg